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  1. 持続可能な成果を生み出すための、言葉の本質の捉え方〜努力って辛いもの?
 

持続可能な成果を生み出すための、言葉の本質の捉え方〜努力って辛いもの?

2017/11/03 持続可能な成果を生み出すための、言葉の本質の捉え方〜努力って辛いもの?

言葉はエネルギー

私は、「コーチング」×「カウンセリング」×「純粋倫理」の3つの柱で人生が変わってきました。

先日、純粋倫理を深く学ぶため、富士山のふもとにある研修施設、通称「富士研」に参加してきました。

そこで学びを深める中で、今回特に心にびびーんと響いてきたことがありました。

それは、「言葉に乗る本質的なエネルギーの仕分け」が体感できたこと。

言葉もエネルギーなので、発せられた瞬間に言霊となって場の組成が変わります。

で、今回の富士研での研修中に入ってきたのが、まず

「努力」という言葉に乗るエネルギーの本質
でした。

一般的には、努力という言葉には、なんとなく力が入ってるイメージで、最近の流行りは、努力しないでラクラク願望実現、とか努力いらず、とか、努力はつらい修行みたいな印象があるようです。

だけど、純粋倫理では、「努力がすべてである。やればできる。」と言い切っています。

最初、この一文を読んだ時、まだ言葉に乗っている本質が今ほど視えていなかったので、「うわー、倫理って、厳しいんだなー。。」と思いました。
そして、「これまでの修行僧ちっくな自分から離れて、もっとのびのびプレッシャーなしで行動できるようになりたいのに、努力がすべてって、キッツイわー」と感じてしまったのですね、私。

そう、その当時の私は、まだ「努力がすべて、やればできる」という言葉を、一般的な捉え方をしていて、ど根性で物事に取り組むことを求められているように解釈してたからです。

体育会系な私は、どちらかというと、がんばるのはキライじゃないけど、ここまでストイックなのは、ちょっとイヤかも、と感じてました。

だけどね、いろいろと実験しているうちに、純粋倫理でいう「努力」「やればできる」というのは、ど根性の精神論じゃないんだなぁ、ということがだんだんわかってきました。

最近の私は、倫理の表す「努力」っていうのは、いつもこのメッセージで書いている、

ふんわりとやわらかで、なんのこだわりも不足もなく、
澄みきった張りきった心もちで、素直に明朗に即行している様子

を表しているのだろうなぁ。。と感じるのです。


人生は一見、二元の世界でできているけれど

考えてみてください。

人生には、お花畑のような「うふふーあははー♪」みたいなパラダイスイベントばっかりじゃなくて、「うぎゃー」「どへー」みたいなことも、一定数起きてきます。

そう、一日の中に、昼と夜があるように。
一年の中に、春夏秋冬があるように。
自然界が、陰と陽、闇と光、といった対立する二つの要素でバランスを取っているように。

ふつーは、お花畑の状態がパラダイスで善、うぎゃーな状態は苦難で悪、と見て、
できるだけ苦難を避けよう、なくそうとしますよね?

だけど、だけど。

純粋倫理では、「苦難そのものが善であり、美である」と説きます。

これまた、最初に聞いた時は、「なんですと!? ほえ〜、そんなことー」と思いました、はい。

だけどこれも、学んだことを実践実験してゆくうちに、「もしかしたら、そうなのかも。。」と感じることが起きるようになってきました。


自由をもたらす「正しさ」とは

純粋倫理の創始者である丸山敏雄は、昭和8年のある日、掃除をして汗をかいて風呂に入った後、縁側で庭の松の木を眺めていた時に、突如として悟ったといいます。

そして、昭和20年、終戦のまさにその年の9月に、「夫婦道」と銘打った論文を書き、発見した純粋倫理を終戦の混乱の中で生活改善運動として普及のスタートを切りました。

そして、昭和24年に「万人幸福の栞」を世に出し、その後も、人間丸山敏雄として59年の人生を終えるまでの、たった数年間を、精力的に朗らかに、安らかに、喜んで、進んで働きました。言葉を変えれば、命を輝かせて生ききりました。

今回の純粋倫理の講義を聞いて、もうひとつ心に深く入ったのが、純粋倫理の特徴の一つである「死生観」です。

実はこれ、去年の研修の時も聞いたテーマだったのですが、去年と今年では、自分の中に響いてくる度合いが全く違っていました。

栞の一節に、こんな言葉があります。

昔の人は死を重んじ、りっぱな死に方をしたいと念じた。
正しく生きた人でないと、美しい死に方はできぬ。
見事な死にようをした人は、見事な一生を貫いた人である。

今日のテーマである、「言葉に乗った本質的なエネルギー」なんだけど、この「正しく」も誤解されやすい言葉だと思います。

「正しさよりも、楽しさ」という言葉があります。これは私もそう思います。
ただし、この場合の正しさは、一般的な意味での正しさ。

純粋倫理でいうところの「正しさ」とは、四角四面のがちがちの正しさではありません。

人を縛る正しさではなくて、人を自由にする正しさです。

このあたりは、長くなっちゃうので、また別の機会に書いてみたいと思います。

私も、ご先祖さまからいただいた命を「正しく」使って、今の人生の幕を降ろす時には、
「あー、いい人生だった。楽しかったー。またねー」って、だんなさまに笑顔で伝えて旅立ちたいなーと思っています。

この話をすると、だんなさまから「なんで俺が見送るって決めてるの」ってツッコミが入るんですが、まぁそういうことで笑

そんな新たな気づきと、その気づきによって起きた決心を持って、富士研から戻ってきました☆

人生は、いろいろあるから大変で、いろいろあるから大きく変わって多様性を感じて楽しむ旅なんだと思います。

あなたは、自分の人生の旅のしおりに、どんな内容を盛り込みたいですか?

人を幸せにする人になる。人を幸せにする会社を創る。

  • 悩みを解決して、心をラクにしたい
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